政治のお悩み相談所:大学院の物事

政治とコミュニケーションについて研究している博士課程所属のものです。大学はカンザス大学。テクノロジーと政治、政治的分断、ソーシャルメディアによる日常生活と政治の重複などに関心があります。文系・社会科学系大学院生として発信中

ローラさんの政治的ツイートから考えるべきこと

政治コミュニケーションを研究・勉強しているとソーシャルメディアTwitter, Facebook, Snapchat, Instagram)と政治に関する研究に触れます。これまで読んできた論文では主にソーシャルメディアでは政治的熟議(deliiberation)が行われているのか、政治的発言はどのような状況下でなされるのか、ソーシャルメディアの使用が政治参加を促すのか、などです。

 

モデルで芸能人であるローラさんがTwitterを使用してオンライン上で署名を集めたことがテレビで取り上げられているのをYouTubeで知りました。個人的にはとても面白いテーマだったのですが、テレビ報道で問われていたの芸能人は政治的発言をしてよいのかという問いです。テレビ上で問われる問題の多くは正解・不正解、良・悪かが多いような気がします。これらの問いは人の道徳観や人生観によって考えは様々です。したがって、政治的発言をした人の良し悪しは別として、その発言によって民主主義へどうのような影響があるのかということを議論していくことが求められているのではないでしょうか。

 

そこで私は今回の報道について考えるべきことをいくつかあげてみたいと思います。

1)芸能人の政治的発言で一般の視聴者やユーザーが盲目的にその発言を信じてしまうほどの影響があるのか。

2)芸能人の政治的発言により、その問題に関心をもつ人が増えるのかどうか。

3)芸能人の影響力を問題化するならば、テレビ芸能人とネットインフルエンサーでは何がどう違って、それがどのように一般の人に影響するのか。

 

これらの問いは、ソーシャルメディアというツールがどのように私たちの政治参加へ影響を与えているのかという新たな議題なのだと思います。

 

本日の論文

Tewksbury, D. (2005). The seeds of audience fragmentation: Specialization in the use of online news sites. Journal of Broadcasting & Electronic Media, 49, 332-348. doi: 10.1207/s15506878jobem4903_5

Gaines, B., & Mondak, J. (2009). Typing together? Clustering of ideological types in online social networks. Journal of Information Technology & Politics, 6, 216-231. Doi: 10.1080/19331680903031531

Holbert, R., Garrett, R., & Gleason, L. (2010). A new era of minimal effects? A response to Bennett and Iyengar. Journal of Communication, 60, 15-34. Doi: 10.1111/j.1460-2466.2009.01470.x

Fischer, P., Schulz-Hardt, S., Frey, D. (2008). Selective exposure and
information quantity: How different information quantities moderate decision makers’ preference for consistent and inconsistent information. Journal of Personality and Social Psychology, 94, 231-244. doi: 10.1037/0022-3514.94.2.94.2.231

Stroud, J. N. (2017). Selective exposure theories. In K. Kenski & K. H. Jamieson (Eds.),Handbook of political communication (pp. 531–547). Newbury Park, CA: Sage Publications.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修士論文(selective exposure)

 

現在、冬休みの最中。

私は修士論文に取り組んでいる。

今年の目標は最低3本の論文(自分の研究についての論文)を毎日読むことそして、休日は5本。冬休みなので、10本いけるか試しにやってみたけど7本で力尽きた。

 

今日読んだ文献:

Prior, M. (2009). Improving media effects research through better measurement of news exposure. The Journal of Politics, 71, 893-908. doi: 10.1017/S0022381609090781

Dilliplane, S., Goldman, S., & Mutz, D. (2013). Televised exposure to politics: New measures for a fragmented media environment. American Journal of Political Science57, 236-248. doi: 10.1111/j.1540-5907.2012.00600.x

Knobloch-Westerwick, S., & Meng, J. (2009). Looking the other way selective exposure to attitude-consistent and counterattitudinal political information. Communication Research, 36, 426-448. doi: 10.1177/0093650209333030

Brundidge, J. (2010). Encountering “difference” in the contemporary public sphere: Thecontribution of the internet to the heterogeneity of political discussion networks. Journal of Communication, 60, 680-700. doi: 10.1111/j.1460-2466.2010.01509.x

Yang, J., Rojas, H., Wojcieszak, M., Aalberg, T., Coen, S., Curran, J., . . . Tiffen, R. (2016). Why are “others” so polarized? Perceived political polarization and media use in 10 countries. Journal of Computer-Mediated Communication, 21, 349-367. doi: 10.1111/jcc4.12166

 

 

ちなみに、論文のテーマはインターネット(特にソーシャルメディア)のスキルがどのように選択的接触に影響しているかについて調べている。今日の5本に加えてある程度は過去の研究をみてきたが選択的接触(selective exposure) という分野はかなり研究されてきているようだ。研究方法(実験、サーベイ)によって結果がかなり異なることがあったりしてそれらの矛盾を紐解いていくのが楽しい。またこのテーマは現在アメリカで起きている共和党民主党の対立やデモクラシーのあり方までに研究の結果が影響してくるのでとても古典的な問題である。また、最近の情報技術の発達により新たに注目も集まっているように思う。このテーマを専門に扱っている著名な研究者(Wojcieszak & Garrett, 2018)の最新の論文では、どうすれば敵対するグループ(例:民主党vs共和党)が情報接触を通してわかりあえるかを研究している。おそらく、研究は分断から相互理解へと舵が切られる予感がする。

 

References

Wojcieszak, M., & Garrett, R. K. (2018). Social identity, selective exposure, and affective polarization: How priming national identity shapes attitudes toward immigrants via news selection. Human Communication Research, 44, 247-273. doi:10.1093/hcr/hqx010

英会話は言い回しを増やすべし!

「意味がわからない英語でもそれをリピートしていくことで、英語の回路ができ、赤ちゃんのように言語を学ぶことができます」

これ、信じられますか。

あくまで、私の経験から言うと、まずあり得ないと思います。しかしながら、多くの方は興味を惹かれるでしょう。私自身、〇〇ラーニングという英会話学習教材をとってていた時期がありました。英会話を始めたい、今よりもっと話せるようになりたい、とい感覚は誰もが持っている共通のことだと思います。

もう一度、よく考えてみてください。赤ちゃんが学ぶように言語学習をすることは果たして可能なのでしょうか。このページを閲覧している方は、おそらく赤ちゃんではないはずです。ですので、もう赤ちゃんの頃とは言語処理の回路が違うのです。母語は誰しもが習得できるようにあらかじめ人間の中にプログラムされているという説もあります。(思考と言語論争で詳しく調べることができます)しかしながら、一定の年齢を超えると母語のように無意識に話すことは難しくなります。大人が英語を学ぶときには、赤ちゃん説は通用しないことは、大いに考えられるでしょう。

ではなぜ、赤ちゃん説を信じてしまうのでしょう。私たちは、日本語が母語で特に苦労なく日常生活で使用してます。その経験があるからこそ、信じてしまう可能性があるのです。赤ちゃんが無意識に喋ることができることは大人に通用するとは限らないことを覚えておきましょう。第2言語学習にらくな道はありません。中学校から学習した英文法をまずはしっかり覚えて、それを柱にして、単語学習や英会話特有の慣用表現などを覚えていきましょう。

大人の回路になると、リスニング教材を聞き、そのまま、口に出して覚えることは厳しいと思います。ましてや、文法も知らないのにリピーティングだけをやっても文を自分で作り出すことは出来なくなります。ですので、一回聞いて、聞き取れないものは、放送文(スクリプト)を見て、自分で訳をつけてから、音読、音声と同じスピードに発音できるようになるまで繰り返し練習をすることで、新しい単語や慣用表現を身につけていくことができます。語彙が増えれば、それを文法の中に入れていけば、新しい文を自分で作り出すことができます。あとは、この繰り返しです。

ただし、音声のリピーティングと語彙強化だけをしていても、自分の言うことをすぐに英語で作り出す練習はしていないので、あくまでインプットになりますから、注意が必要です。私は、ある程度、インプットをして大学3年で交換留学に行きましたから、アメリカでアウトプットの練習をすることができました。留学経験がない方で英語を流暢に話すことができる人はアウトプットまで国内でやっているということですから、頭が上がりません。相当な努力が必要です。しかし、逆を言うと、インプットは、国内で十分やっていけると言うことです。そして、最も大切で、当たり前のことですが、インプットがないと英語が話せるようになりません。インプットは、文法、語彙、慣用表現などを組み合わせていくことです。その点から見ると、学校英語や受験英語は基礎(インプット)を作ってくれるのに十分な役割を果たしてくれていると言えます。

最後に、もう一度、強調しておきたいことは、赤ちゃんでない限り、第2言語は、母語と違う言語処理の回路で学習しなければならない。そして、単語や放送文はしっかり目を通して、日本語で意味がわかったものをリピーティングして、リスニングやスピーキングの練習をすること。意味のわからないものをリピートしていても意味がない。以上です。

この記事を書いて、私も、もっと頑張らなくてはと思いました。それでは。

英語学習本に頼りすぎるな!

世の中には、数え切れないほどの書籍がありますが、その中でも、英語学習に関する本は本当に多い気がします。さて、あなたが今、購入しようとしている英語学習本は、本当に役に立つのでしょうか?この記事では2つのことに注意をして欲しいのです。一つ目は、英語学習本に書いてあることは全員がすべき共通のことではないということでです。先に断っておきますが、ここでいう英語学習本とは勉強の仕方が書いてある本のことを指します。私もこれまで学習本を購入してきましたが、結果、独自のやり方を身につけいてます。つまり、著者が提供してくれているのはあくまで、

著者自身が英語学習で成功したと思っている方法を教えてくれるということに過ぎないことを覚えてく必要があります。

ある有名予備校の人が書いた本には、机で英語を勉強するなと書いてありますし、ある人の本には、1000単語を1ヶ月で覚えるために必要なことが書かれていたり、十人十色なわけです。読者の性格を考慮して作られている学習本はまず見たことがありません。一人ひとり異なる性格があるために、全てを網羅することはほぼ出来ないため、自分の勉強法を教えることでとりあえず終わっているのです。

私は、人とのコミュニケーションを構えてしまうところがあります(悩みです)。そのような性格の人に、「英会話は、とにかく話す!英会話カフェでも行きなさい。もしくは、新宿で外国人に積極的に話しかけてください」など、精神的負担があまりにも多いでしょう。これは、明らかに私に向いていません。その代わり、私は、テキストの英文を音読したり、人と実際に会話していることを想像して机で英語を練習していました。家でやること。これが私にぴったりなのです。ですので、最終的には、自分の勉強法を見つけることが重要です。自分の方法を見つけるということは、勉強時間をしっかり確保するということにもつながります。ある程度の期間勉強をしないと、どの方法が自分に合っているのか判断できませんし、他の方法を試すことも難しくなります。英語学習は特に、継続していくことが大切です。

そして、もう一つ、英語学習本について気をつけて欲しいことは、

英語学習がいかに、簡単かを力説することが多いにあることです。

英語学習には終わりはありません。そして、勉強し始めてからすぐにペラペラになるわけでもありません。学習者一人ずつ異なった悩みを抱えています。いかに文法を簡単に覚えたとしても、それで全て英語が読めるようになるわけでもありません。そのことを頭の片隅に置いておいてください。大切なのは、少しずつでもわからないをわかるに変えていくことです。そのためには、楽しようとせずに頑張れる好奇心や情熱が必要になってくるかもしれないですね。

以上は、英語学習本についての注意点ですが、もちろん、メリットもあります。自分が好きな著者であれば、英語学習のモチベーションは上がりますし、それが継続する力にもなります。あとは、多種多様な勉強法が紹介されているので、実際にそれらを実行して、自分と合えばそれをやっていけばいいでしょう。勉強法を教えてくれる情報源と捉えれば、学習本は最高だと思います。成功者を真似ることから始めてみることで効率的に学習できるかもしれません。

英語学習本を参考にしながら、独自の方法を探しに行きましょう。それでは。

スペシャリストとジェネラリスト

この日記はこれから大学院へ行きたい方、もしくは修士1年目向けです。あとは読書する人向けです。おそらく読書している人はいろんなことに興味を持っていることでしょう。では早速。

読書をしている方、大学院で研究をしている同志。あなたは専門家になりたいですか、それとも満遍なく知識を身につけたいですか?それともどっちともやろうとしていますか?

結論:正解はないと思います。自分がワクワクする方に進めば良いと思います。しかしながら、大学院では、スペシャリストが求められます。もう少し強く言うと、スペシャリストにならないとPhDはもらえません。(当たり前なことを言っています。ご容赦ください)

こんな経験がありました。

修士1年目を終えて、アドバイザーに言われたのは「達也は、すぐに興味がコロコロ変わることを懸念している。」

それもそのはずです。1学期目は、政治社会化(political socilization)に興味があると言っていました。政治社会化の文献を探しているうちに、かなり研究されてる感があって、新しいことを見つけられそうにありそうにないなと思い、他のテーマにすることにしました。そのテーマは集団間コミュニケーション(Intergroup communication)でした。政治を考え他ときに、私たちは何かしらの社会アイデンティティーに属しています。(性別、職業、エスニシティーなど)その社会的アイデンティティの違いをどうすれば克服していけるのかを考えていまして。もちろん、コミュニケーション学部ですので、何かしらコミュニケーションに関する変数を論文にいれなければならないので、その変数を探すのに苦労しました。結果、良い研究ができなさそうだったのですぐに違うテーマを探しました。

2学期に見つけたのは日常の政治会話(informal political conversation)についての研究です。このテーマに行き着く前からなぜ政治について日常的に会話しないのかと疑問がありましたので、政治会話についての文献を多く集めました。このテーマは現在も興味がありますが、政治会話だけを扱うの量的研究では難しく思いました。なぜなら政治会話は他の変数(例、政治知識、社会ネットワーク、政治参加など)との関連で研究されていますので政治会話単体では何を研究したいのか自分でわかりませんでした。その上、他の研究で多く研究されていますので自分の力で新しい知見を提供するのは難しいと判断しました。

現在は、デジタルメディアと政治の調査をするために過去の文献を集めています。これに関しては後に書きたいと思います。

もう一つ自分の本棚をみると今に興味が変化しているかわかります。分野はざっとこんな感じ。大学時代の英語学習から始まり、交換留学後に関心を持った人種や異文化。そしてさらに言語の起源へ飛び移り、人間とは何か?を生物学に答えを求めたこともありました。

英語学習

英語コミュニケーション

コミュニケーション学

異文化コミュニケーション

社会心理学

教育(教育原論・ルソー「エミール」)

文化とは何か

人種(レイシズム

在日問題

日本史(歴史)

ヘイト・スピーチ

言論の自由

言語の起源

文化人類学

人類史

進化生物学

政治コミュニケーション

メディア

世界史

政治学(現代政治学・古典)

アドバイザーは常に一つのことを深く考えるようにとアドバイスをくれます。そして、修士論文を完成させること。それは、大学院を生き残るのに必要なことなのだと思います。現時点ではわかりません。あとでわかると思いますが。

大学院へこれから行こうと思っている方や修士1年目の人は自分の研究をブレずに頑張りましょう。

フェイクニュースと民主主義

fake news.jpeg最近はジャーナリズムに関する本を読んでいます。そこで去年から今年にかけてフェイクニュース(嘘ニュース)が大問題となっています。2016年アメリカ大統領選挙ドナルド・トランプ氏がCNNニュースなどを批判しているというのは日本のテレビでも新聞でも取り上げられていたと思います。そこで今年、留学奨学金に応募した際に書いた小論文がたまたまフェイクニュースに関連するものだったので、興味ある人はぜひ読んでください。奨学金の結果は不合格でした。ショックです。何かコメントあったりしたらのこしてくれると本当にありがたいです。批判大歓迎です。 言論先進国だと思っていたアメリカで衝撃的な事実を目の当たりにした。アメリカ大統領選で当選したドナルド・トランプ氏と民主党候補だったヒラリー・クリントン氏の攻防戦はわたし達に古典的議論の重要性を改めて突きつけてきた。選挙戦中に繰り広げられたフェイクニュースは言論先進国として崇められてきたアメリカを脅かしている。これはアメリカだけの話だけではない、フランスの選挙戦にも影響が出たと言われる。対戦相手に不利な情報をネット上にあげ、それを拡散することで、その対戦相手の票を奪うかたちだ。フェイクニュースの生まれる仕組みを考えてみると、世界中どこでも起こりうる現象の一つである。実際に、日本ではSNS上ですでに多く拡散されているものがある。フェイクニュースについて私たちは何を考えていけばいいのだろうか。 昨年からフェイクニュースがマスメディアにも取り上げられ、世界中で問題になっている。嘘のニュースがインターネット上で拡散され、選挙での投票行動に影響を与えたとすれば、それは問題である。フェイクニュースがどのように作られるかといえば、既存のマスメディアでは取り上げられないニュースを個人が制作し、それをネットに上げる。基本的には、移民についての嘘のニュースをつくりそれを発信する。フェイクニュースは多く拡散されれば、その分だけアクセス数が伸び、つくり手の収入も上がる仕組みになっている。ビジネスとしてフェイクニュースをつくることは、金銭が関わるので多くやる人が出てくるのは容易に考えられる。しかし、作り手側の良心の呵責はないのだろうか。作り手側の言い分としては、既存のマスメディアの偏向論調のため、そのバランスを保つのに自分たちのフェイクニュースは役立っているという。 フェイクニュースは問題であるが、決して新しいものではない。フェイクニュースはデマに近いと考える。ありもしないことを作成し、拡散させようとする。作成する側は、そのニュースを信じてもらいたいから物質を運用する。現在では動画を添付することが視覚情報に訴えている。そして、人を特定の方向へ扇動する。この一連の流れは、昔から日本で見られる。江戸時代の「ええじゃないか」に似ている。紛糾する市民が、あるお札(物質)が空から降ってきたと信じ、市民が踊り明かすということで、市民を扇動した。間違いなく誰かがお札を特定の場所に置いて、うまく市民を騙すことに成功している。そのほかの例としては、関東大震災時の在日朝鮮人の殺害である。これはデマから始まった。フェイクニュースは、これら二つの事件と言論の空間が異なるが、起きていることは意見や事実の見方の相違である。大多数の意見と違う時に、どのように少数派の意見を伝えるか。つまり、私たちが求められている議論とは、ニュースが真実か虚偽かを考える傍で、どのように民主主義の中で、情報を扱うかという問いである。以前はジャーナリストが情報という力を掌握していたが、インターネットの出現によりその力が誰でも変化させることができるようになってきている。自分が信じたいことを信じる。それがたとえ虚偽であっても。一つのことを信じることが、自分の意見となるからこそ、今の総発信時代にフェイクニュースという形があるのだろう。メディアにとってできるだけ多角的にニュースを伝えることが望ましいと言われているが、今の時代は、情報が多すぎるゆえ、人々が逆に一つの意見に固執してしまうのかもしれない。 私は、留学先でコミュニケーション学を専攻する。これまで力を持っていたマスメディアは読者の好みで偏りがちな論調が見られた。これは情報を産業化することで顧客維持のために行ってきたことだった。これからは、民主主義の中の意見をどのようにまとめていくかという問いに答えるため、異文化とコミュニケーションやマスメディアとの関係を研究していきその中で自分ができる活動を大学の中で行なっていきたい。 フェイクニュースの見分け方(新潮新書) -
フェイクニュースの見分け方(新潮新書) -

メディア・リテラシー まずは自分を磨くことで淘汰を促す

たったひとつの「真実」なんてない: メディアは何を伝えているのか? (ちくまプリマー新書) -
たったひとつの「真実」なんてない: メディアは何を伝えているのか? (ちくまプリマー新書) - あなたは今日、テレビもしくはYouTube動画を何時間見ましたか。映像メディアは情報量が新聞、雑誌、本よりも明らかに多いです。見ていて楽しいです。ほぼ毎日、私はYouTube動画を見ます。面白いですよね。テレビではできない企画も続々出ているし、身近な人がやっている動画は親近感もあります。しかしですよ、その「楽しい」や、「面白い」を先行させるように情報を編集して伝えるメディアが少なくない、いやほとんどだとしたらどう思いますか。正直、テレビニュースだけは事実や真実、キューレーションアプリからの情報は真実であってほしいと願うばかりです。しかしながら、広告費から収益を上げているテレビ局は営利ですので事実の伝え方が偏ります。というより絞ります。視聴率が上がればそのぶん多く収入が増えます。視聴率が下がれば収益はさがるでしょう。そうすると、テレビ局はいかに視聴者に見てもらえるかが収益増加には大切です。これは当たり前のことですよね。そうすると視聴率が大切になります。視聴率を上げるには限られた時間や文字数で、できる限りインパクトのある映像や印象を与える方が視聴率は取れそうです。事実を公平中立に報道するだけでは面白みはありません。視聴率を上げるためにある事実をより印象に残るように編集し、面白い観点から報道します。テレビ局からすると当たり前のことだと思います。 しかしながら、そのようなメディアばかりに頼っていると私たちの生活はどうなるでしょうか。ちょっと考えて見ましょう。北朝鮮はあなたにとってどのような国ですか?ロシアどのような国ですか?これらの国は、私たちにどのように影響をしいますか。テレビだけの情報を見ている限りアメリカ寄りの視点から報道されるのは致し方ないでしょう。そうなると、よっぽどの機会がない限り悪者や意地悪な国で終わってしまいます。思考停止状態です。私自身、正直、北朝鮮とロシアについては何も知りません。やばいです。マジでやばいです。同じ時代を生きている一人の人間としてやはり知りたいです。ここで、「池上さーん、解説お願いしますー。ができたらいんですけどね。」そうはいきません。約46億年前に地球が誕生し、ホモ・サピエンスが6−7万年前にアフリカから出発したと言われています『大学生物学の教科書 進化生物学』。たったの7万年ほど前に我々はアフリカから出発して世界中に広がっていったと言われているのです。それってすごくないですか。たった7万年前ですよ。 しかもSNSとかって数年前ですよ。1990年代の情報革命から30年弱しかたっていない。遺伝子的には世界中の人はほとんど変わりません。人類史の中で、国家というものを作り上げその国の中で政治や経済の枠組みを作ってきた。国家というものがあると自分たちの領土を広げるために戦争をして広げようとしました。それが終わるとグローバル社会へと入り、2016年にはグローバリズムが終わりに近づいていると世界中で報道。現在では、グローバリズム終焉の匂いはしません。やはり、人類はお互いに助け合って生きていくことが理想的なのかもしれません。私はそうであってほしいです。おっと、いけない、話が飛んでしまいました。 結論としては、メディアの特徴に注意して情報を受け取る。ただ受け取るのではなく多面的に受け取る。これが大切。なぜなら、私たちは、テレビから「これくらいの知識や情報を与えておけばいい」「編集をして面白くすればいいでしょと」と、いわば、小馬鹿にされています。もちろん、視聴者の人にしっかりした情報を伝えようとしている番組はあります。現状のテレビ内容に不満がある人はいると思います。しかし、テレビで話されている内容にもついていけないこと、また自分の意見や見解が全くないことが多くあるのが現状です。悔しいです。馬鹿にされたくないです。私たち一人ひとりがメディアからの情報を厳しい目で見ていくことで質の良いメディアが生き残り、悪いものは淘汰されるようになるよう自分を磨いて生きます。頑張ります。あなたも宜しくお願いします。 「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方 -
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