政治のお悩み相談所:大学院の物事

政治とコミュニケーションについて研究している博士課程所属のものです。大学はカンザス大学。テクノロジーと政治、政治的分断、ソーシャルメディアによる日常生活と政治の重複などに関心があります。文系・社会科学系大学院生として発信中

ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力 安田浩一

みなさん、週末どうお過ごしでしょうか。土曜日の朝からヘイトスピーチに関する本をご紹介します。 ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力 (文春新書) -
ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力 (文春新書) -
「ゴキブリ朝鮮人を叩き出せ」
 この言葉を聞いたらすぐにある市民団体を頭に思い浮かべるかもしれません。そうです、在特会です。 著者の安田氏は外国人労働問題から外国人差別問題、そして、在特会の取材をしてきた人物である。本日の本は安田氏が今日までの日本のヘイトスピーチを振り返ることが最大の目的だ。 プロローグの中で彼はこう述べている、「『差別者集団』を追いかけてきた私は、いまあらためて、ヘイトスピーチの『現場』を振り返ってみようと思う。」p21 本書は1章から7章まであるが中でも2章、3章、そして5章が興味深い。少し概観してみよう。
2章 「発信源はどこか?」
東京や大阪で外国人や在日外国人に対するデモが開かれることは私もYouTubeを通して知っていたが今や全国各地で行われているようだ。デモの名称などは異なったとしても多くは在特会やその友好団体が主催しているらしい。  2章では在特会の結成からどのような人が在特会のメンバーにいるのか記されている。 安田氏は在特会の会員はどのような人なのか聞かれると「そのへんにいる人たちですよ」と答えるようである。p46 安田氏はさらにこう続ける、「実際そうなのだ。中学生や高校生もいればサラリーマンも主婦も年金生活者もいる。外形上は雑多で多様な人々だ。」p47「ネットで『愛国と危機感』に目覚め、『敵の存在を知った』者たちが隊列に加わっているのだ。p47  私自身、東京都知事選の選挙演説に足を運び元在特会会長桜井誠氏の支持者はどのような人なのか確認しに行った。そこには20代から40代くらいの人までいた。お金に困っているようにも見えない。でもまさか桜井氏が選挙で約10万票も獲得するなんて思いもしなかった。新宿で行なっていた街宣だったがほとんどの人は桜井氏をみてそのまま素通り、中には桜井氏の言葉にクスッと笑っている人も見られた。 安田氏は在特会をこう批判する。「歴史に対する畏敬の念など感じさせることはなく、特定の民族・人種に対し、ネットでかき集めた妄想混じりの『特権批判』をぶつけ、彼らを貶める発言をまき散らしているだけだ。しかも在特会に限って言えば、『市民の会』を名乗りながら、現実的な解決を求めていく運動はほとんどしていない。p66 ここでは、一人の意見として在特会に対する見方としておくことだけに留めておきます。
3章 「憎悪表現」でいいのか?
3章ではヘイトスピーチの定義について言及されています。安田氏はヘイトスピーチを憎悪表現とすることに反対しております。安田氏はヘイトスピーチの特性についてこう強調します。「何度も繰り返すようだが、ヘイトスピーチを構成するうえで重要なファクトは抗弁不可能な『属性』や『不均衡・不平等な力関係』である。友人を罵ったことがヘイトスピーチであるわけがない。」p80 つまり自分では変えようがない事実に対しての差別的な言動やマイノリティに対する抑圧がヘイトスピーチの重要な点となるということです。それゆえ、在日外国人が日本に対する非難をヘイトスピーチということはあり得ないということです。わずか50万人ほどの在日朝鮮人が1億2千万人の日本国民に対して不平・非難をしたところですでに不均衡な力関係が存在するのです。
5章 「ネットに潜む悪意」
ネットの中にはヘイトスピーチが溢れかえっています。ネットの匿名性を利用しヘイトスピーチを拡散することはもはや周知の事実でしょう。在日コリアンへのヘイトスピーチは中でもひどいものがあり安田氏は在日コリアンのある女性たちから依頼を受けてとりわけ頻繁に彼女らを攻撃するあるアカウント主を直撃したそうだ。 ネットは若者が多いため差別的な批判をする人は若者ばかりだろうと考えていた私にとってそのアカウント主の年齢にびっくりした。なんと50代後半。 安田氏はネット右翼の年齢に関してこう述べています、「ネット上の悪辣な書き込みは『若年層によるもの』といった見方が世間的には広がっているだろうが、取材を進めてみるとけっしてそうではないことに気づく。中高年世代がヘイトスピーチの使い手である事例も、じつは少なくないのだ。」p183  中高年もネットを使ってヘイトスピーチに手を染めるということがわかった以上、政治にまで影響が出てくるのか心配になった。意外と東京都知事選で桜井氏に投票した人は中高年が多いのかもしれない。
まとめ
ヘイトスピーチに関して取材をもとにした実例が多く記載されているところが興味深い。著者が実際に足を使って得た経験と現実が何よりもこの本の良いところである。しかし、ヘイトスピーチとは何か、どのような歴史があるのか、海外での規制はどうなのかなど、ヘイトスピーチ自体について詳しく書かれていないところには留意した方が良い。